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最高裁判所第二小法廷 昭和44年(あ)1629号 判決 1973年5月25日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二月に処する。

この裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。

第一審および原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

検察官の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、引用の判例がいずれも事案を異にして本件に適切でなく、その余の点は、単なる法令違反の主張であり、被告人本人の上告趣意は、単なる法令違反、事実誤認の主張であり、弁護人加藤康夫の上告趣意は、事実誤認の主張であつて、以上すべて適法な上告理由にあたらない。

しかしながら、検察官の所論にかんがみ職権で調査すると、原判決は、以下に述べるとおり刑訴法四一一条一号、三号により破棄を免れない。

本件公訴事実は、大要、「被告人は、昭和三九年四月一五日、日本国有鉄道仙台駅構内で職務に従事していた同鉄道仙台鉄道管理局労働課勤務職員相原丈夫に対し、右手拳で一回その顔面を殴打し、よつて同人に対し治療六日間を要する傷害を負わせ、もつて同人の職務の執行を妨害した」というものであり、第一審判決は、これにそう事実を認定し、判示所為中傷害の点は刑法二〇四条、罰金等臨時措置法(昭和四七年法律第六一号による改正前のもの。)三条一項一号に、公務執行妨害の点は刑法九五条一項に該当するものとし、同法五四条一項前段、一〇条により重い傷害罪の懲役刑で処断して、被告人を懲役二月、執行猶予一年に処したのであるが、原判決はこれを破棄して自判し、傷害罪のみの成立を認めて被告人を罰金五〇〇〇円、換刑処分一日一〇〇〇円に処し、理由中で、公務執行妨害罪については犯罪の証明がないものとしたのである。

原判決が右のごとく公務執行妨害罪の成立を認めなかつた理由の骨子は、右相原につき適用があると解すべき労働基準法三二条一項はその本質上強行規定であつて、これに違反する所為はたとい労働者の同意ないし承諾に基づいてなされても許容されることはないのであるから、同人が本件当日受けた労働時間に制限を付さない趣旨での職務命令のうち右条項所定の一日八時間を超える労働を命ずる部分は、同人のこれに対する同意ないし承諾の有無いかんにかかわりなく右条項に違反するもので、このように重大な違法性を帯びる命令をもつてしては同人の右時間超過の職務執行を適法ならしめる具体的権限を付与することはできず、結局、同人は本件当日八時間の労働時間の限度を超えて職務を執行しうる具体的権限を有しなかつたというべきところ、同人は本件当日六時時から引きつづき職務に従事していたので、その労働時間は午後二時をもつて終了し、本件暴行の加えられた同日午後二時四〇分ころにはすでに職務執行の具体的権限を有せず、したがつてその時点における同人の職務執行は適法性を欠き、これに対する被告人の本件所為は公務執行妨害罪を構成しない、というのである。

ところで、原判決によれば、右相原に対し発せられた本件職務命令は、昭和三九年四月一五日午前六時から仙台駅構内において組合員の行動の監視、違法行為の阻止および排除等の任務に従事すべきことを内容とし、執務時間についてはあらかじめ制限を付さない趣旨のものであつたというのであり、これによれば、右命令が同人に対し、前記の職務に従事すべき労働関係上の義務を課するものであるとともに、その反面、右職務を執行する権限をも付与する性質のものであることが明らかである。一方、労働基準法三二条一項は、就労時間の点で労働者を保護することを目的とし、また、もつぱら使用者対労働者間の労働関係について使用者を規制の対象とする強行規定であるが、右の目的と関わりのない、労働者とその職務執行の相手方その他の第三者との間の法律関係にただちに影響を及ぼすような性質のものではない。してみると、本件職務命令に右強行規定の違反があつたとしても、その法意にかんがみ、その違反は、右命令のうち前記相原に対して就労を拘束的に義務付ける部分の効力に影響を及ぼし得るにとどまり、職務執行の権限を付与する性質の部分についての効力にまで消長をきたすべき理由はないと解するのが相当であつて、本件における右相原の職務行為は、その与えられた具体的権限に基づいて行われたものであると認めるのに十分である。

そして、右相原の行為自体は、列車車体にほしいままに貼付されたビラを取りはがして原状を回復するというものであつて、もとより日本国有鉄道の本来の正当な事業活動に属し、作業の方法、態様においても特段の違法不当な点は認められないのであるから、右が適法な公務の執行というべきものであることは疑いの余地がない。

すなわち、本件のように、法令により公務に従事する者とみなされる日本国有鉄道職員であつて労働基準法の適用を受ける者に対する職務命令が、同法所定の労働時間の制限を超えて就労することをもその内容としており、かつ、その者の就労が右制限を超えたからといつて、そのために職務の執行が具体的権限を欠いて違法となるものではなく、これに対して暴行脅迫を加えたときは公務執行妨害罪の成立を妨げないと解するのが相当である。

そうすると、これと異なる見地に立ち、被告人の本件所為につき公務執行妨害罪の成立を認めなかつた原判決は、法令の解釈適用を誤り、ひいて事実を誤認するにいたつたものであつて、これが判決に影響することはいうまでもなく、かつ、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。

よつて、刑訴法四一一条一号、三号により原判決を破棄し、なお、ただちに判決をすることができるものと認めて、同法四一三条但書により被告事件についてさらに判決をする。

一審判決の認定した事実に法令を適用すると、被告人の判示所為中傷害の点は刑法二〇四条、昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号(刑法六条、一〇条による新旧比照。)に、公務執行妨害の点は刑法九五条一項、日本国有鉄道法三四条一項にそれぞれ該当するので、刑法五四条一項前段、一〇条により重い傷害罪の懲役刑で処断することとし、その刑期範囲内で被告人を懲役二月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予し、第一審および原審における訴訟費用については刑訴法一八一条一項本文により全部被告人に負担させることとする。

よつて、裁判官全員一致の意見により、主文のとおり判決する。

(岡原昌男 村上朝一 小川信雄 大塚喜一郎)

検察官、被告人の各上告趣意<省略>

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